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ミサキ糖 is 俺

ケーブルテレビでアメリカの番組を見ていた時、ある衝撃が俺に走った。
何かというと、テレビの内容そのものじゃなく、その間に入ったCMで、衝撃が走ったのだ。

どういうことか。
自分でもこれ程までに脳の考え方が変わるんだと思ったんだけども、CMに対しての商品価値をしっかり見出そうとしていたのだ。
こう話して意味がわかるかな?何が言いたいかというと、アメリカの番組を見ていたおかげで、CMの見方がアメリカ人的になっていたわけ。

これでもまだ言いたいことが伝わらないような感じもするので、一つある例を出したい。


何年か前の話。
「ガール・ネクスト・ドア」とかってバンドが出た時、ものすごく「なんかゴリ押ししすぎてないか?」とか思ったわけ。
CMがウザいくらい流れて、ウンザリしていた。
その頃ちょうど、ヤフーのコメント欄てのができて、このバンドに対しての書込みで「ゴリ押ししすぎ」とか「下手くそ」とか書かれていて、それを見た時「ほら、やっぱみんな思ってるじゃん」とか思った。

その後、CMや広告などメディアでは「ゴリ押し」という文化は変化が起きて、「ステマ」というものになってきた。
それさえも自分も、やはりネットでも見抜かれてしまい、文句が言われ、そんなコメント欄を見て俺は「ほら、やっぱりそうだ」とか思っていた。


さて、もしもこれがアメリカ人のような考え方で、「俺がどう思うか」で見たらどう変わっていたのだろう?
「ガール・ネクスト・ドア」に対してはきっと、ただただ興味が無いだけで、「まぁ俺はテクノ系は聴かないしな」としか思っていなくて、他人にその意見の同意を得ようとは思わない。

今回、件のアメリカのテレビの途中のCMで、自分が何を考えるべきかってのをようく学んだ気がする。
しかも面白いことに、そのCMはあくまで日本人向けの日本のCMなわけで、そんな民放でも見ているCMに対し視点が変わったということには驚かされた。

けれど、けれどきっと、いざ外に出て友人らと会えば、やはり拭いようのない「日本人」の視点でいる状態は起きる。
そこには「俺」がいない気がしてならない。

どうすればいい?
やはり日本にいる限り、俺は俺でいられないのだろうか?
俺でいたい。
俺が叫んで、俺が歩いて、俺が描いていたい。
それが俺なんだからな。
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PROFILE

ミサキ糖

Author:ミサキ糖
サークルMISAKIX MEGAMIXにて、エロ担当の漫画家です。

お仕事等はこちらへどうぞ。→ jazz5520002000@yahoo.co.jp
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